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山陰鉄道発祥の地碑(JR米子駅・JR境港駅)

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記事タイトル: 山陰鉄道発祥の地碑(JR米子駅・JR境港駅)
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 山陰鉄道発祥の地碑、JRとJRの2ヶ所に有ります。この3月に行った時の写真です。

 一つ目の「山陰鉄道発祥之地」碑は、JR米子駅前に有ります。43の動輪と、松葉スポークの車輪が飾られています。

山陰鐵道発祥之地 米子
「陰陽線なる境鉄道の開通式を伯耆米子町に挙行し、試運転を行へり。来会者一千余名(中略)同地は一帯に国旗、球灯をかかげ、歓喜の様、非常なり(後略)」。明治35年(1902)11月1日、境-米子-御来屋間35kmの開通式の模様を当時の新聞はこのように伝えている。
 山陰で鉄道が敷かれたのは境線が最も古く、やがて山陰本線、伯備線が開通した。鉄道の開通によってそれまで盛んであった米子の海運は衰えたが、経済・社会の近代化は大きく促進された。
 米子市は昭和2年(1927)4月の市制施行後も交通の要地という地の利を得て山陰の中核産業都市として発展し、今日に至っている。
 山陰鉄道建設、発展に尽くされた先人の功績をたたえると共に、21世紀におけるさらなる発展を願って、ここに記念碑を建立する。     平成9年7月吉日


C57 43
C57型蒸気機関車主動輪
C57型蒸気機関車は昭和12年(1937)以降旅客列車用として201両製造され、数ある蒸気機関車の中でも最も機能美を備え、その雄姿は、「貴婦人」の愛称で親しまれました。C5743号は全国各地で活躍し、昭和43年米子機関区配属となり、山陰本線の旅客列車の花形機関車として走り続け、昭和44年にその任務を終えました。
動輪の直径 1750m/m・動輪の重量 3.5t・最高速度  100km/h・製造 昭和13年(1938)三菱重工業KK
客車車輪
明治30年代にマッチ箱と言われた客車に使用されていた英国製の特殊車輪で、タイヤ・スポークなどがボルトによって組立てられた珍しい車輪です。
車輪の直径 790m/m・製   造 明治19年(1886)・英国SHEFFIELD・CAMEL&CO
車軸の刻印 PATENT.SHAF&AXLETREE.CO・SIEMENS STEEL.12.1901


山陰鉄道の歩み
明35(1902)11. 1 境港-米子-御来屋間 開業・明45(1912) 3. 1 山陰線京都-出雲市間 〃・大12(1923) 4. 1 山口線石見益田-小郡間 〃・大12(1923)12.26 山陰線京都-石見益田間 〃・昭 3(1928)10.25 伯備線米子-岡山間 〃・昭 5(1930)12. 1 若桜線群家-若桜間 開業・昭 7(1932) 7. 1 因美線鳥取-津山間 〃・昭 8(1933) 2.24 山陰線京都-幡生間 〃・昭12(1937)10.20 三江線岩見江津-浜原間 〃・昭12(1937)12.12 木次線宍道-備後落合間 〃
鉄道開業当時からの石炭を燃料とした蒸気機関車は大正時代に画期的な発展をとげました。更に昭和に入って全盛を極めたが、逐次動力近代化が進められ、ガソリン・軽油を燃料としたディーゼル機関車、気動車へと変遷し、昭和57年には出雲市-岡山間は電車運転となりました。


【左】の写真は米子駅。【右】の写真は同じく駅前に有った、蒸気機関車の列車が天に向かって駆け上っていくモニュメント。(を模しているのでしょうかね?)

 もうひとつの「山陰鉄道発祥之地」碑。こちらは、JRの終点・境港駅のそばに有ります。そばと言っても、境港駅から米子駅方向に向かって10分弱程度歩きます。どちらかと言うと、次の駅のの方が近いです。

 開通した当時はここに境駅が有ったそうで、なんとなく鉄道の敷地が広くなっている感じがします。でも周り(碑の手前、線路とは反対側。)は完全な住宅地です。近くまで行かないと見つからない(分からない)、小さな石碑がポツンと建っていました。

境港市指定文化財
 「山陰鐵道発祥之地」碑
               平成十四年七月一日指定
 山陰地方に初めて鉄道が開通したのは、明治三十五年(一九〇二)十一月一日のことであった。「境駅」から「米子駅」を経て「御来屋駅」まで、山陰地方に初めて汽車が走り、新しい鉄道交通の歴史が開かれた。
 この歴史を記念して、六十周年にあたる昭和三十七年(一九六二)十一月一日に建立されたのがこの碑である。
 この場所は、その当時「境駅」のあったところで、碑は建立した境港市から旧国鉄米子鉄道管理局(現在のJR)へ寄贈された。
 (付記)「境線」の名称は明治四十二年から起こっている。
    「境駅」は、大正三年に海岸寄りの現在地へ移転し、大正八年には「境港駅」と改名して現在に至っている。
               境港市教育委員会


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